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 俺は持っていた護身用の短剣を抜いて、老いた女性を切りつけようとしていた兵士に向かって夢中で剣を振るった。

 相手は長剣。

 しかし怯みはしない。
 俺は弟を守れる強い男となれるよう、毎日厳しい訓練を受けてきた。

 大人が上段から体重をかけて振り下ろす剣圧は相当なものだが、短剣でも受け流せないわけではない。
 バランスを崩させてから相手の利き手を蹴り上げ、剣を弾き飛ばしてから男に踊りかかった。

 別に命まで奪う必要は無い。利き手さえ使えないようにすれば良い。
 俺の短剣は目論見どおり男の腕に食い込んだ。

 肉と腱の切れる嫌な感触とともに血が飛び散る。

「ぐあああああ!!!」

 敵兵が叫び声を上げた。
 その声と感触に思わず怯んだ。

 王宮では毎日剣の稽古をしていた。
 リオンに出会ってからは益々稽古に熱を入れ、ついに始祖王の再来かと言われるようにまでなった。

 しかし実際には俺は、勇猛果敢だったという始祖王と違って戦に出た事は無いし、人を傷つけた事も無い。
 当たり前だ。その必要が無かったのだから。

 他国では横暴な王族や貴族が試し切りと称して何の咎も無い奴隷を切り殺すことも稀ではないようだが、先進国であるエルシオン王国にそんな野蛮な風習は無い。

 痛みに叫び声を上げてうずくまる兵士に気を取られた隙に後ろから俺に別の兵士が襲い掛かった。

 しまったと思ったがもう避けられる距離ではない。そのはずだった。しかしその兵士は剣を振り上げたまま動かなくなった。

 兵士には首が無かった。

 吹き上がる血飛沫の向こうにエラジーを構えるリオンが居た。

 凄惨な光景に口も利けずに固まっている間にも、リオンはエラジーを見事に使いこなし、いつか見たあのときのような迷いの無い動きで訓練の的を突くかのように、人体の急所を一突きにしながら数秒で6人の兵士を殺してしまった。

 それを見た他の兵士が数十人の単位で押し寄せる。

 しかしそれでもリオンは怯まない。
 すっと背筋を伸ばし、冷たい冬の月のような輝きを瞳に宿らせて構えを取った。

 それからは記憶が定かではない。
 なぜこうなったのかもわからない。

 覚えているのは血飛沫と断末魔の悲鳴。そして悪夢のような光景。
 およそ人間とは思われぬような鋭い動きで、少女のような優しい容姿のリオンが返り血で真っ赤に濡れながら敵を切り捨てていく。

 それは地獄に住むという魔物のようで、目を疑った。
 最後の一人の心臓をいとも簡単に刺し貫いてリオンは俺を振り返った。

 両眼が真っ赤に染まっていた。

 まるで始祖王の盟友であった魔導師アースラが捕らえたという例の魔獣の瞳のように。

更新日:2013-09-30 14:51:52

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滅びの国の王子と魔獣(挿絵あり)