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小説

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第1章

 東の空がだいぶ白んできたころ、波の心地よい音に誘われて、あたしは目を覚ました。
 
 梁に吊られたベッドから身を乗り出し、窓になめらかなドレープを描いて垂れ下がるオーガンジーのカーテンを手で追いやると、だいぶはっきり見えるようになった水平線の近くで、星が空に溶け込んで消えていくのが見えた。

 あたしは、いてもたってもいられなくなり、ひらひらと幾重にもフリルがついた寝巻をさっさと脱ぎ棄て、着替えが入っているはずのクローゼットに手を伸ばしかける。

――おそらくあたし好みの服は入っていない。

 カバンから、昨日来ていた兄のお古のスエードのチュニックとキュロットを引っ張り出して着替え、ブーツに足を突っ込んだ。

 歩きながら、髪を適当に後ろで束ね、肩でマホガニーの重厚なドアを押しあけると、適度に湿った冷たい潮風が頬をなで、チョコレートブラウンの髪を揺らした。


 静かな波の音と、帆をはるロープがギシギシとこすれる音しか聞こえない。

 余計な音をたてないようにそっと甲板に上がると、薄灰色の水平線から一筋の金色の光が細く立ち上がった。
 あたしは、水平線に目を向けたまま、一番手近なシュラウドから帆桁によじ登る。
 金色の光は二本、三本と放射状に数を増しながらどんどん赤みを帯びて、周りの空と海を染めていく。

 赤みが最高潮に達したとき、幾筋もの光の中央から、まるで深紅のバラの花びらにたまった朝露のような輝きが現れ、空と海を揺らめかせながら膨らんでいく。


   あたしはこの瞬間が一番好きだ。

 その輝きが丸い輪郭をはっきりさせていくにつれて、青灰色だった世界は見る見るうちに本来の鮮やかな色を取り戻していく。


   今日が始まる。

「昼前には着くよ」
 不意に静寂を破って頭上から声がした。
 振り向くと、隣のマストの見張り台から、初老の男が、真っ黒に日焼けした顔から白い歯をのぞかせてあたしを見下ろしていた。

「いいとこの御嬢さんにしてはいい登りっぷりだな。見習いの小僧っこかと思ったよ」と興味津々な様子であたしをながめている。
 とりあえず「どうも」と笑顔で答えた。

「昼前に着くには風が弱すぎない?」

「なあに、あと二時間もすればカルサールの海の城壁だ。そこを越えれば風なんかなくたって進む。あそこは不思議な力が働いているからな」

――海の城壁

 聞いたことはある。
 カルサールを囲むように取り巻く、霧と荒波のことだ。
 ごく限られた船しか越えることができない。
 小国のカルサールが、いまだにどこの国にも征服されたことがないのは、この海の城壁のおかげだという。

「カルサールは初めてかい?」 

「小さいころ住んでいたんだけど、あんまり覚えてないの」

「あそこはいいとこだよ。自然も多いし国も豊かだ。竜と竜使いはおっかないがね。気味の悪い力を使う連中だ」

「あたしは、竜に乗ってみたくて帰ることにしたのよ」

「度胸は買うがね、やめた方がいい。竜は、竜使いにしか懐かんらしいからね」

「やってみなきゃわからない。あたし、動物に好かれるのは得意よ」

「はは……健闘を祈るよ」


更新日:2013-08-20 16:07:41