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第2章
あたしが城に着いたばかりの時のクレアの様子から、彼女は声の小さい恥ずかしがり屋で、王宮に上がりたての女の子だとばっかり思っていたのだが、女官としての彼女はプロだった。
女官職は、年の近い貴族や官職の娘などから選ばれるのが普通だが、クレアはどちらでもないらしい。侍女になるだけでも大変なことなのに、その中から実力だけで女官に選ばれるのは並大抵のことではない。
後からもよく思うことなのだが、彼女はとにかくよく気が付いて、仕事は的確で早い。
部屋に入るのはクレアだけしか許されていないらしく、侍女や侍従たちに指示を出すときはいつも廊下に出てしまうので、初めは気づかなかったのだが、彼らのクレアを見るまなざしや仕事ぶりからも、クレアがみんなから尊敬され、慕われていることがよくわかった。
「クレアって、ここでずっと働いてるの?」
朝食の片付けをするクレアを観察しながらふと訊いてみる。
「一年になります」
「たったの一年で女官になっちゃったの? すごい大出世ね」
「以前は孤児院の手伝いをしていたのですが、たまたま運よく大臣さんの目に止めていただいたんです。はじめから女官になるための教育を受けさせてくださいました。本当に幸運でしたわ」
「いやいや、運じゃない、実力と才能だよクレア。あたし、クレアを探し出してくれた大臣に感謝しなくちゃ」
美人だし、気が利くし、完璧な女性だ。あたしにはもったいないくらい。
「で、アッシュのどこが好きなの?」
あたしの唐突の質問にクレアは食器を取り落としそうになった。
「サラ様……」
赤くになって困る彼女はとてもかわいらしく、とても年上には見えない。
「ごめん、聞いちゃだめ? なんか、そういうの新鮮で」
汗臭い男ばかりに囲まれて育ったせいか、あたしにはそういう話は無縁だった。
恋する女の子なんて会ったこともなかったから、悪いと思いつつどうしても興味津々になってしまう。
観念したようにクレアが口を開く。
「優しい……ところですかね……。私、小さいころから引っ込み思案の泣き虫で……」
「へえ、優しいんだ、先頭に立ってちょっかい出すタイプかと思った」
「まさか!自分だって、母親が異教徒だと言う理由で、辛い思いをしていたのに、いつも私を守ってくれてました。本当に、強くて優しい人です。ずっと片想いですけど」
赤い顔で幸せそうに話す彼女がかわいらしくて、それからちょっとうらやましかった。
「サラ様こそ、恋の都でお育ちになったんですもの。良い方が、いらっしゃったんじゃありません?」
「恋の都?」
「ログノールで結婚の御相手を見つけていらっしゃる方が多いので、そう呼ばれるんですよ。国王陛下と王妃様もそうですし、亡くなった陛下の弟君もそうでしたし」
「えーっ?知らなかった。そうなんだ。うーん、あたしの周りにはそんな雰囲気まったくなかったわ。朝から晩まで馬と剣術ばっかりで。ときどき学問とね」
「『剣術』ですか?」
クレアの顔が青くなる。
「だって、男ばっかりだったんだもん。従兄(あに)二人とログノールの王子様。やることと言えば、木登りとか曲乗りとか決闘ごっこばっかりよ。あたしは特に剣術が好きだったの。ウィルを参謀にして、従兄たちをどうにかして負かそうと、命を懸けてたわ。あ、そういえばウィルにはプロポーズされたことがあったっけ」
クレアが嬉しそうに身を乗り出す。
「王子様にですか?!」
「うん、その時ウィルはまだ十歳にもなってなかったから、ロマンスの数には入らないけどね」
「プロポーズ……かわいらしいですね。きっと子供なりに真剣だったんでしょうね」
「ふふ、ものすごく負けず嫌いでね、ずっと年上のクリスたちにさえ、剣で負けるのをすごく悔しがるの。あたしとは四つ違いだけど、いつになっても追い付かない年の差も悔しがってた。だから、すごく大人びた口調なの。勉強ではあたしが負けてたな、並外れて頭のいい子だったから」
「是非、お会いしてみたいですね。そのかわいらしい王子様に」
「きっとそのうち遊びに来るよ。家族ぐるみの付き合いだし。・・・・・・おっと、もうそろそろ行かないと」
置時計に目をやる。
港まで、クリスとアンディの見送りに行く時間だ。
女官職は、年の近い貴族や官職の娘などから選ばれるのが普通だが、クレアはどちらでもないらしい。侍女になるだけでも大変なことなのに、その中から実力だけで女官に選ばれるのは並大抵のことではない。
後からもよく思うことなのだが、彼女はとにかくよく気が付いて、仕事は的確で早い。
部屋に入るのはクレアだけしか許されていないらしく、侍女や侍従たちに指示を出すときはいつも廊下に出てしまうので、初めは気づかなかったのだが、彼らのクレアを見るまなざしや仕事ぶりからも、クレアがみんなから尊敬され、慕われていることがよくわかった。
「クレアって、ここでずっと働いてるの?」
朝食の片付けをするクレアを観察しながらふと訊いてみる。
「一年になります」
「たったの一年で女官になっちゃったの? すごい大出世ね」
「以前は孤児院の手伝いをしていたのですが、たまたま運よく大臣さんの目に止めていただいたんです。はじめから女官になるための教育を受けさせてくださいました。本当に幸運でしたわ」
「いやいや、運じゃない、実力と才能だよクレア。あたし、クレアを探し出してくれた大臣に感謝しなくちゃ」
美人だし、気が利くし、完璧な女性だ。あたしにはもったいないくらい。
「で、アッシュのどこが好きなの?」
あたしの唐突の質問にクレアは食器を取り落としそうになった。
「サラ様……」
赤くになって困る彼女はとてもかわいらしく、とても年上には見えない。
「ごめん、聞いちゃだめ? なんか、そういうの新鮮で」
汗臭い男ばかりに囲まれて育ったせいか、あたしにはそういう話は無縁だった。
恋する女の子なんて会ったこともなかったから、悪いと思いつつどうしても興味津々になってしまう。
観念したようにクレアが口を開く。
「優しい……ところですかね……。私、小さいころから引っ込み思案の泣き虫で……」
「へえ、優しいんだ、先頭に立ってちょっかい出すタイプかと思った」
「まさか!自分だって、母親が異教徒だと言う理由で、辛い思いをしていたのに、いつも私を守ってくれてました。本当に、強くて優しい人です。ずっと片想いですけど」
赤い顔で幸せそうに話す彼女がかわいらしくて、それからちょっとうらやましかった。
「サラ様こそ、恋の都でお育ちになったんですもの。良い方が、いらっしゃったんじゃありません?」
「恋の都?」
「ログノールで結婚の御相手を見つけていらっしゃる方が多いので、そう呼ばれるんですよ。国王陛下と王妃様もそうですし、亡くなった陛下の弟君もそうでしたし」
「えーっ?知らなかった。そうなんだ。うーん、あたしの周りにはそんな雰囲気まったくなかったわ。朝から晩まで馬と剣術ばっかりで。ときどき学問とね」
「『剣術』ですか?」
クレアの顔が青くなる。
「だって、男ばっかりだったんだもん。従兄(あに)二人とログノールの王子様。やることと言えば、木登りとか曲乗りとか決闘ごっこばっかりよ。あたしは特に剣術が好きだったの。ウィルを参謀にして、従兄たちをどうにかして負かそうと、命を懸けてたわ。あ、そういえばウィルにはプロポーズされたことがあったっけ」
クレアが嬉しそうに身を乗り出す。
「王子様にですか?!」
「うん、その時ウィルはまだ十歳にもなってなかったから、ロマンスの数には入らないけどね」
「プロポーズ……かわいらしいですね。きっと子供なりに真剣だったんでしょうね」
「ふふ、ものすごく負けず嫌いでね、ずっと年上のクリスたちにさえ、剣で負けるのをすごく悔しがるの。あたしとは四つ違いだけど、いつになっても追い付かない年の差も悔しがってた。だから、すごく大人びた口調なの。勉強ではあたしが負けてたな、並外れて頭のいい子だったから」
「是非、お会いしてみたいですね。そのかわいらしい王子様に」
「きっとそのうち遊びに来るよ。家族ぐるみの付き合いだし。・・・・・・おっと、もうそろそろ行かないと」
置時計に目をやる。
港まで、クリスとアンディの見送りに行く時間だ。
更新日:2018-02-26 18:22:11