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僕に妹が突然出来た日

 春休み目前の晴れた日曜日の午後。僕は父の書斎に呼び出され、いつもの如く意味不明な話を聞かされていた。
意味不明と言うのはこういう事だ。

「広介《こうすけ》、人の命を救う術《すべ》を覚えたければ、人の死ぬ原因、人の急所も知っておけ」
 父は、医師になりたいと願う僕にそういった。まったく無茶苦茶な理屈である。
空手の道場に通わせるのも、そんな理由からだったのだが、子供の僕としては、友人たちと野球をやっている方が何百倍も楽しい。
だから、僕は空手の道場で組手をしようとも、意識は常に傍観者だ。

と、言う訳で、ちゃんとした理屈を言えるくせに、なぜか屁理屈で納得させるのが好きな父が、その日も屁理屈を並べ立てた。
「お前は、家族について、家族の定義についてどう考える?」
 家族の定義?小学生である僕にとって、そんな事は考えたことも無かったが、質問に対して答えを探さなければならないと真面目に考える僕は、正直言って愚かだったのかもしれない。
答えに詰まっている僕に対して、父は話を続けた。
「お前は、きっと血の繋がりとか考えるだろうが、それは間違いだ。そもそも母さんとは他人同士だったのに、こうして結婚して夫婦になっているだろ?それに、血液型でも私はO型だが、お前は違う血液型だ。お前は兄さんたちとも、否、姉さんとも血液型が違う。しかし、家族だ」
 ここで、自分が兄たちと血液型が違うことを初めて知るのだが、「お前は本当の子じゃない!橋の下て拾った子だ」とドラマのような事を言われるのかと思えば、その予想は違った。橋の下に捨てられる子供なんて、いつの時代だ?と思ってはいたけれど。
「もしかしたら、乳児院《にゅうじいん》で間違って連れてきちゃったのかもしれないとは思わないか?」
 ここに来て「いやー、間違ってゴメン」とか言われるのも困るが、そんな軽薄な言い方をされたら、僕はなんと反応したら良いのだろうかとリアクションに悩んでしまう。
もっとも、そんな間違いは有り得ないのだけれど。施設の管理者は父本人なのだから。
「つまり、家族と言うのは血縁では無い。家族として認めてやれれば家族なのだ。その証拠に、お前は、兄さんたちと戸籍も違う。それでも兄弟だ」
 これにはちょっと驚いた。驚いたと言うよりも唖然とした。何を言い出すのかと思えば軽く兄弟の関係をカミングアウトしやがったのだから。
「ちょっと驚いたようだな。驚くのも無理はないが、家族と言うのはそんなものだ。だから、もしもお前に新たな家族が出来ても驚く事は無い。素直にお前が家族を家族と認めれば良いのだから」
 もう、この辺で僕にも何となく何が言いたいのか分かってきていた。
息子の様々な生い立ちの状況を軽くカミングアウトしながら、本当に言いたいことは別にあると言うことを理解したのだ。
後に分かるのだが、我が家の兄弟で実子は僕と僕の兄の一人だけだったと言うオチだ。 姉や他の兄に関しては……今回の話では無関係でこれからの僕の人生にも無関係のようなのだけれど。どうせ、数年後には追い出されてしまう我が身なのだから。
もっとも、この時系列では、そんな将来の事は分かっていない。
兎にも角にも父は僕に何かを託すつもりのようだ。その何かが問題なのだけれど。
「家族というものに関して、お前もこれから増やしていくと思うが、まずはそうだ、お前も兄という立場になってみるがいい。そして家族の世話をする立場になるのだ」
 そう言って、父は部屋の扉を開けた。
そこには少女が立っていた。
少女と形容するだけでは正しくない。
立っているのは美少女だ。着ている白のワンピースよりも更に白い肌に大きな瞳、肩にかかった黒髪は、前髪を切り揃え、両手で眠り犬のぬいぐるみを抱えていた。そのぬいぐるみは、僕の幼い頃のお気に入りだった気がするが……
 そんな事はどうでも良い。問題は、少女を家族とする事。年齢が下なのは確かだろう。 つまり僕の妹になると言うことだ。
まさか許嫁ではあるまい。僕だって小学生なのだから。否、あの父の事だから何を言い出すかわからない。
いつも僕の予想の斜め上を行く人だから。

更新日:2011-11-07 06:45:15

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