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待ち合わせ

「あれ?」
僕はついうっかりそう漏らしてしまって、慌てて口を閉じた。
近くの人の視線がちょっと横顔にあたり、小さく頭を下げた
ぐらい、静かな車内で僕の声はちょっと目立っていたと思う。
「同じ電車じゃない?」
僕は声に出さずに、携帯電話のメールにそう打ち込み、それか
らそっと周囲を見渡した。
打ち合わせの時間が思っていた以上に長引いてしまい、帰宅が
遅れた僕は、京介の現在地を確認しようとメールをしたの
だった。今日は学会で何時に終わることになるかわからない、
なんて心底イヤそうに顔を顰めていたからね。
「本当だとしたら、こんな僥倖はありません。ユウさんと
二人並んで帰宅できるなんて、神の作った偶然に、こんな素敵
な条項があるなどと、彼を見直さなくてはいけませんね」
なんだ、そりゃ。だろ。
僕は読んでいた本に栞をはさみ、震えそうになった肩をぐっと
堪えるように奥歯を噛み締めた。
「・・・よく車両までわかったね」
メールが届くのと同じスピードで後部車両のドアが開き、京介
の一部の隙もないスーツ姿が見えた。
「乗降客の少ない階段から一番遠い先頭車両。降りるとすぐに
目に飛び込んでくるのが、線路脇の住宅のベランダにある」
「ケロちゃん。よく覚えていたね」
「当然です」
ふふん、と京介は嬉しそうに鼻を鳴らしながら「失礼します」
と丁寧に断りを入れて僕の隣に腰を下ろした。
「ああ・・・ですが」
「なに?」
「安心いたしました。まるで雲を掴むような僥倖ですからね」
「大げさだなあ」
ふふっ、と僕は笑って、膝の上に置いていた文庫本を鞄の中に
仕舞った。
たった一駅。ホームでも改札でも、待っていれば間違いなく
会えたのにね。

帰り道。ちょっと贅沢してスタバでアイスコーヒーを買って
飲みながら帰った。
「乾杯するべきでしょう」と京介が言うから付き合ったけど、
なにに乾杯しているんだか、だろ。

更新日:2009-01-10 22:22:39

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