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 宗ちゃんこと野田宗太郎は実に不思議な男で、僕にとって、今もよく会う同級生達の中で幼稚園時代から付き合いのあるもっとも古い友人だ。お互いの存在を知ってから彼是二十年近くになるが、仲がよくなってつるみだしたのは中学校にあがってからだと思う。だから、小学生時代に彼がどんな悪ガキだったのかはあまり覚えていない。ただ、落ち着きのないバカがいるな、という感想くらいしかなかった。
 中学一年のときに同じクラスの同じ掃除の班になったのがその後の付き合いの端緒で、僕は最初、自分の想像の範囲外の行動をとる彼に対して腫れ物に触るように慎重に接していた。別に彼は万引きや恐喝をするような犯罪者ではないし、特定の誰かをいじめるような人間でもなかった。ただ相当な気分屋で、ふとしたことがきっかけで余人には想像もつかないほど不機嫌になることが多々あった。一旦、そういう状態になると無口になり、ぞんざいな行動をとるようになる。誰が見ても「ああ、今は不機嫌なんだな」という様子が判るのだ。まるで「今、俺は不機嫌だから、近寄ったらぶっ殺すぞ」とでも言っているかのように。そのくせ、機嫌がいいときにはずば抜けた会話のセンスと愛嬌のあるキャラクターで、場の空気を自由自在に操ることができた。さらに彼は他人に対する気配りが絶妙にうまかった。
その落差の違いが魅力となって、彼は多くの友人を惹きつけた。しかし、一定以上に馴れ合おうとする者に対しては冷淡だった。付き合いの浅い人間には、彼の感情がどのように変化するのか、その見極めが困難なのだ。
また、彼は不良に対して奇妙な憧れを持っており、前時代的な暴走族に対して異常に造詣が深かった。高校時代にバイクの免許を取得し、ファーストフードのバイトで得た金で暴走族の定番とも言うべきカワサキのゼファー400を購入し、凶悪な改造を施した。だが、東京の山の手に居住し、チーマー全盛時代すらとうに終わってしまっていた我々の高校時代に、宗ちゃんは共に暴走族を結成するような男気あふれる不良仲間を見つけることができなかった。「旗持ち」だの「特攻隊長」だの「親衛隊長」だのといった言葉は、我々にとっては少年マガジンのマンガの中で語られるおとぎ話でしかなかった。後に竜ちゃんが中型免許を取得し、ホンダのドラッグスター400を購入したが、常識人である彼は宗ちゃんの暴走行為に伴走しなかった。
だから彼は一人で暴走した。そして彼は致命的にバイクとの相性が悪かった。いったい何度、死線から生還したのか、その回数を数えることすら馬鹿馬鹿しくなるほどだ。違法改造や交通法規違反は日常のことであるから、当然、警察とのスリリングなカーチェイスも茶飯事である。神奈川のあたりまで足を伸ばせば、地元の暴走族とたった一人で抗争を繰り広げ、見事に惨敗して帰ってくる。一人で普通に走っていても、予期せぬ事故に巻き込まれて重傷を追うことが度々あった。買い換えたバイクは五台。借金もかさむというものだ。それでも彼はバイクから降りることはしなかった。「下手の横好き」などという甘ったるい言葉で、彼の凄絶な単車道を片付けることはできまい。誰の為でもなく自分の為に、文字通り命を削りながら、彼はバイクで走り続けた。
我々は彼からそういった事故の話や喧嘩した話を何度も聞かされ、生々しい傷跡やスクラップとなったバイクなどを何度も見せられた。最初こそ、そういった話を聞いて心胆を震え上がらせていた我々だが、そんな話が重なればいい加減、麻痺してしまう。また彼自身、自らの愚かさを重々承知しており、そういった修羅場を面白おかしく絶妙な話術で話した。だからいつしか、我々は彼が事故にあう度に笑うようになってしまっていた。
彼が人身事故を起こしたり、身体の一部分を欠損してしまうような深刻な怪我を負ったりすることがなかった、というのも原因だが、そういった数々のアクシデントから当たり前のように生還してくる彼の生き様は、話のネタとして抜群の魅力を持っていた。そうなると、我々は他の仲間がアクシデントに見舞われた、という話を聞いてもそれに深刻ぶった態度で臨まず、とりあえずどんなオチがそのアクシデントの先に待ち構えているのか、という不埒な期待を寄せるようになっていった。
要するに、我々は幸福だったのだ。そして、想像力に欠けていた。

更新日:2011-07-28 12:43:31

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