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進化

 それは最初、小さな変化だった。
震災による原子炉の事故で大量の放射能が漏れ、発ガン性がマスコミで騒がれている頃、すごく小さな世界では、すごく小さな変化が起こったのである。

それは今考えると、最初の進化だったのだ。

 ハスラーウイルスが見付かったのは、それからしばらく経ってからの事である。
今でこそ有名になった遺伝子改ざんウイルスだ。
生き残るために、自らの体の構造を変異し、周囲の遺伝情報もそれにより書き換えてしまうと言う、新しいタイプのウイルスがハスラーウイルスである。

 このウイルスが見つかる前は放射能による突然変異だと叫ばれ、事故のあった電力会社はその責任を追求され、倒産に追いやられた。
このウイルスに気付いた頃には相当数の新たな種族が生まれおり、それらは『異端の者』と呼ばれていた。

 最初に見付かったのは魚であった。
触角のある魚だった。
放射能に汚染された海水から逃げるプランクトンと、その海水の中で生き延びようともがくプランクトンその差は何か?それは正に『生』への執念だったに違いない。

 生物は環境の違う空間をとかく嫌いがちであるが、生存競争の中では、逆にそれが新たな『生存』の糸口であり、新たな『進化』の切っ掛けでもある。

 そんな小さな世界で誕生したのが、ハスラーウイルスだったのだ。
外敵の少ない環境である放射能に汚染された海水の中で生き抜くために自らの身体の構造を変化させなければならなかったプランクトンはハスラーウイルスを受け入れ、その環境に対応できうる身体を手に入れた。

 汚染された海水と、そうでない海水との境目では、自らの身体を変化させたその異端の者たちは『生』における王者であった。
当然、そのプランクトンを食する小魚もそれに追随して、自らの身体を変えていった。

 より多くの『食』を求めて、新たな器官を発達させた。それが触覚であったのだ。

 その環境から去って行く者とその環境で生き抜く者、また、その環境でより、有利に生き抜いて行こうとする者。
 その為の進化であり、それには、ハスラーウイルスは重要な鍵であったのだ。

 『生存競争』と言うギャンブルの中で、実力を隠し有利に生き抜いて行こうとする者…まさに、『ハスラー(Hustler)』である。

 次に見付かったのが、カタツムリであった。
外見の変化は起こってないように思われたが、根本的に違うのが、体色である。
殻を除く体が黒っぽい紫色をしているのだ。
他にも黒っぽい赤や、緑色の物までいる。
 最初発見された時は海外から食用、またはペット輸入された物が野生化したのでは?とも思われたが、それらとは別種の新たな種類のカタツムリであると言う事がすぐに解ったのだ。
それらの新種のカタツムリは放射線濃度の高い汚泥を身体の中に取り込み外敵から身を守るために使っており、取り込んだ放射能物質により、体色が変化しているのだ。
これも、ハスラーウイルスを取り込んだ変化だったのだ。

 他にも甲羅を持ったカエルやウロコを持ったミミズなど、『異端の者』は多種多様に及んだ。

 当然、死に絶えてゆく種族もあった。
自らの進化を拒み、その環境に対応しようとせず、逃げゆく種族等である。

 小さな選択がその種族の存亡をかけた選択になるのである。冷静な判断と勇気が必要であった。
 また、その変化を取り込んだ故に、その変化に身体が追いつけずに死に逝く者もいた。
それはまさに、運命の悪戯にすぎなかった。

 だが、ハスラーウイルスは、その運命のギャンブルに挑むためにチャンスをくれる物に違いはなかったのである。


 「…と、ここまでが、遺伝子工学博士であり、このハスラーウイルスの発見者でもあるハスラー=デーモン博士の見解です。」
と、言い終えると、私は更に続けた。
「そのハスラーウイルスを培養し、ヒト1人が進化できうる数をカプセルに詰めたのが、この薬です。1人1錠飲めば、効果が現れます。」
「で、それを私に買えと言いたいのですよね?」
と、目の前の小太りの男は聞き返した。
「その通りです。この環境から逃げ続けるか、この環境に立ち向かう切符を手に入れるかは、あなた方次第です。必要ないのであれば、他を当たります。」
 私は席を立ち、そっとカーテンの隙間から外を眺めた。
外には嫌な色の雨雲が広がっていた。
「間もなく、雨が降るようです…。この雨雲だと、次に降る雨は放射能を大量に含んだいわゆる黒い雨ですな。この辺りも進化を拒む旧人類にとっては、住めない土地になるのでしょうね…。」
私は気の毒そうに小太りの男を見詰めた。
「い、いったいいくら払えばいいんだ?」
冷や汗を流しながら、彼は聞き返した。

更新日:2013-01-22 12:12:21

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