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第零章 火族

 目を覚ますと、私は見知らぬ部屋にいた。
 体を起こすと、私は病院の手術台のようなものの上に、裸で寝ていた事に気付いた。
 ここは、どこ? 私は、今まで何を?
〈目を覚ましたかね〉
 横から声が聞こえてきた。でも、耳で聞こえる声とどこか違う。まるで、頭の中に直接訴えかけているよう。
 声がした方に目を向けると、そこには一人の老人がいた。青い髪を持つ男だった。老人であるにも関わらず、その風貌には衰えを感じさせず、むしろ逆に堂々とした雰囲気を感じさせる。
 その背後には、一組の男女がいる。どちらも青い髪を持ち、白い服に身を包んでいた。
〈ようこそ、我ら『火族(ひぞく)』の世界へ。選ばれた人種に選ばれた君を、心より歓迎するよ〉
 老人は笑みを浮かべながら両手を大きく広げ、歓迎の意思を表した。でも、その口は全く動いていない。彼は口を動かさずに、私に話しかけている。この人は一体何者?
「あ……」
 思った事を口に出そうと私は試みた。でも、言葉が思うように出せない。なぜか、単語をうまく発音する事ができない。
〈まだ変化した体に慣れていないようだね。言葉は口に出す必要はない。我々にとって言葉とは、口ではなく“脳裏で送るものなのだから”〉
 脳裏で送る? つまり念じれば言葉を相手に送れる、という事だろうか。
 私は言われた通りに、その方法を試してみる。
〈あなたは、誰?〉
 声にならない言葉が、老人に送られる。
〈そう、それでいい。では質問に答えよう。私の名前は火滝焔(ひたきほむら)。火滝家の当主を務めている。ここにいるのは、娘の燐(りん)と息子の燎(りょう)だ〉
 老人は自己紹介した後、背後にいた男女も紹介した。どうやら三人は家族らしい。
〈これからは君も、“我ら火滝家の一員となる”。よろしく頼むよ〉
 そして、老人・火滝焔はおかしな事を口にした。
〈火滝家の、一員……?〉
 よくわからない。私は見知らぬ人の家族になった覚えなんてない。いや、これまで私が何をしてきたのかさえ曖昧だ。それに、火族というものが何なのかも知らない。
〈それって、どういう事なの? いや、そもそも火族って何なの? 私はどうして、ここにいるの?〉
 疑問を、そのまま言葉にしてぶつける。
〈戸惑うのも無理はない。火族となった者は、全てそんな疑問を抱くものだ。安心しなさい、これから説明しようと思っていた所だ〉
 それでも、焔は落ち着いた態度を崩さずに、ゆっくりと部屋の奥にある窓へと歩き出す。
〈そのためにはまず、我らの生い立ちから語らなければならない。まずはこれを見てくれ〉
 カーテンに手をかけた焔は、ゆっくりとカーテンを開いた。
 窓から光が差し込み、窓の外の景色が露わになる。
 その光景に私は目を疑って、思わず台から降り、窓辺に駆け寄る。
 外は、一面の雪景色。
 その雪原に、巨大な穴がえぐられている。その大きさは、下手な街一つを普通に飲み込めそうなほど。所謂クレーターというものだろうか。
〈今からおよそ二百年前の事だ。ここに宇宙から飛来した巨大隕石が落下した。その名を、『ヒダネ』という。このヒダネの落下により世界は大きな打撃を受け、地上の大半は一気に氷河期を迎えてしまった。これが『大寒冷化』と呼ばれるものだ。その時我らの先祖は、ヒダネの落下地点付近に住んでいた。当然、祖先達はヒダネ落下の衝撃に巻き込まれ、巻き起こった炎に飲み込まれてしまった。だが、彼らは生き残った。ヒダネの炎を浴びた彼らは、体に特殊な『焔(ほのお)』を宿して生まれ変わったのだ。それが我ら、『火族』だ〉
 焔は、ゆっくりと窓辺から離れていく。
〈『焔』を宿した我ら火族は、人間を超えた身体能力と、言葉を使わずともコミュニケーションを取れるテレパシー、そして炎を発生させ操る力を手にした。そして宿した『焔』を他の人間に移す『火入れ』をする事によって、仲間を増やす力も得た。君も、試してごらん。その手に力を込めれば、炎を発生させる事ができるはずだよ〉
 私は言われた通りに、右手に力を込めてみた。火が点け、と。
 すると、右手からいきなり炎に包まれた。それは、透き通るような青い炎。手が炎に包まれていても、不思議と熱さは感じない。左手で触れてみても、やっぱり熱さは感じない。
〈君は、そんな火族として生まれ変わった。これからは我らの同胞、いや、家族として共に暮らせるのだ。その証と言ってはなんだが、君に渡したいものがある〉
 燎、例のものを、と告げると、燎はトレーのようなものを焔の前に持ってきた。
 その上には、二つのリングがあった。どちらにも青い水晶が一つ埋め込まれていて、とてもきれいだった。

更新日:2011-06-20 21:50:54

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