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プロローグ
人間は、炎に対して本能的な恐怖心を持つという。
ならば、炎を自在に操る人間が畏怖されるのは、自然な流れなのかもしれない――
* * *
「火那(ひな)。俺、お前の事が好きだ」
雪に覆われた公園の中心で、少年は少女に告白した。
少女はそれを聞いた瞬間、驚きで目を大きく見開き、頬を赤く染めた。横から吹く冷たい風が、青筋が入った長い黒髪をなびかせる。
「だから、その――俺と、付き合って欲しいんだ」
そして少年は、緊張した面持ちで少女の答えを待つ。緊張を抑え込もうとしているのか、自然と形作られていた拳が僅かに震えている。
少女は頬を赤くしたまま表情を緩め、嬉しそうな笑みを浮かべてうなずいた。
そして言葉を発した。口ではなく、その両手を使って。
『ありがとう。私、嬉しい』
それは、ゆっくりとした手の動きで発せられた手話だった。
少女は声を発しなかったが、その言葉は少年に確かに届いた。
『私も、暁(あつき)の事が好き』
続けて、少女は笑みを保ったまま、手話で自らの思いを伝える。
そして前に出て少年に近づくと、その端整な顔を少年の顔に近づける。顔同士が触れてしまいそうになる程まで。
「火那……!?」
少年の頬が、一気に赤く染まる。少女の青い瞳は、そんな少年の顔をまっすぐ見ている。
ゆっくりと目を閉じた少女は、そのまま少年の頬にそっと口付けた。
ほんの一瞬の出来事だった。
少年は何が起きたのかわからなかったのか、ただ目を丸くするだけだ。
唇を離した少女は、再び少年の顔を見つめる。
そして。
『だから、“私の声も聞いてくれるよね”?』
と、おかしな事を手話で言った。
その直後。
少年の両肩に手を置いた少女は、そのまま少年の首筋に噛み付いた。
「あ――!?」
少年の顔が痛みで歪む。
少女は祈るように目を閉じながら、少年の首筋を離さない。
そして皮膚に食い込んでいる牙から青い炎が発生し、少年の体内に流れ込んでいく。
「あ、ああ……熱い、熱い――!!」
首筋を炎で焼かれ、苦悶の声を上げる少年。しかしそれに反して体は、硬直してしまって動かない。
すると少年の体のあちこちに、青い炎が付き始める。それはみるみる内に少年の体に広がり、侵食していく。
そこで少女はようやく、そっと少年の首筋を離した。
たまらず少年は数歩後ずさりした後、その場に倒れ込む。
「か、か、体が!! 体が、燃える!! 燃える――!! 熱い!! 熱い!! 熱い――!!」
体が直に焼かれる熱さに悲鳴を上げながら、少年はそのままのたうち回る。青い炎にあぶられた雪は、次第に溶けて白い蒸気へと変わっていく。
すると雪の冷たさのお陰か、ようやく火が弱まり、ゆっくりと消えていった。
少年はしばらくの間倒れたまま立ち上がらなかった。荒くなった息はなかなか整えられず、炎が出ていた部分の服は黒く焦げている。
「火那……何を――!?」
少年はようやく体を起こすと、噛まれた首筋を抑えながら、少年は少女に問おうとした。
しかし少女の顔を見て、少年は愕然とした。
その口元から、自らのものであろう赤い血が滴っている事に気付いてしまったから。
「お前……一体――!?」
それでも少女はなぜか嬉しそうな笑みを保ったまま、無言のままゆっくりと少年に歩み寄ってくる。口から滴る血を手で拭きながら。
その姿はまるで、物語に登場する吸血鬼のようだった。
「く、来るな……来るな――っ!!」
少年は自然と後ずさりしていた。その表情は完全に恐怖で歪みきっている。先程まで少女に告白していたとは思えないほどに。その様子に、少女は困惑した表情を見せる。
少年はすぐさま立ち上がり、少女に背を向けて走り出す。
慌てて少女は少年の後を追い、少年の手を掴む。
「は、離せっ!!」
少年は少女の手を強引に振り払う。そのせいでバランスを崩し、後ずさりしてしまう少女。
そして少年は、その隙に素早く近くの雪山に落ちていた雪の塊を手に取ると。
「来るなっ、この怪物!!」
そう罵倒して、少女の顔面目掛けて投げ付けた。
距離が近かった事もあり、雪の塊は簡単に少女の顔面に命中した。
「ああああああああっ!!」
途端、少女は両手で顔面を覆いながら、大きな悲鳴を上げて取り乱した。まるで、顔面に傷を負ったかのように。
顔を覆う両手から青い炎が発生し、少女の顔を覆う。すると少女はようやく落ち着きを取り戻し、両手を離した。炎を直に浴びたにも関わらず、その顔は一切火傷していない。
しかしその時には、既に少年は公園から飛び出していた。
「だ、誰か!! 助けてくれ!! 怪物だ!! 怪物が出たんだ!! 誰かーっ!!」
少年は必死に声を上げながら、少女の視界から消えていった。
ならば、炎を自在に操る人間が畏怖されるのは、自然な流れなのかもしれない――
* * *
「火那(ひな)。俺、お前の事が好きだ」
雪に覆われた公園の中心で、少年は少女に告白した。
少女はそれを聞いた瞬間、驚きで目を大きく見開き、頬を赤く染めた。横から吹く冷たい風が、青筋が入った長い黒髪をなびかせる。
「だから、その――俺と、付き合って欲しいんだ」
そして少年は、緊張した面持ちで少女の答えを待つ。緊張を抑え込もうとしているのか、自然と形作られていた拳が僅かに震えている。
少女は頬を赤くしたまま表情を緩め、嬉しそうな笑みを浮かべてうなずいた。
そして言葉を発した。口ではなく、その両手を使って。
『ありがとう。私、嬉しい』
それは、ゆっくりとした手の動きで発せられた手話だった。
少女は声を発しなかったが、その言葉は少年に確かに届いた。
『私も、暁(あつき)の事が好き』
続けて、少女は笑みを保ったまま、手話で自らの思いを伝える。
そして前に出て少年に近づくと、その端整な顔を少年の顔に近づける。顔同士が触れてしまいそうになる程まで。
「火那……!?」
少年の頬が、一気に赤く染まる。少女の青い瞳は、そんな少年の顔をまっすぐ見ている。
ゆっくりと目を閉じた少女は、そのまま少年の頬にそっと口付けた。
ほんの一瞬の出来事だった。
少年は何が起きたのかわからなかったのか、ただ目を丸くするだけだ。
唇を離した少女は、再び少年の顔を見つめる。
そして。
『だから、“私の声も聞いてくれるよね”?』
と、おかしな事を手話で言った。
その直後。
少年の両肩に手を置いた少女は、そのまま少年の首筋に噛み付いた。
「あ――!?」
少年の顔が痛みで歪む。
少女は祈るように目を閉じながら、少年の首筋を離さない。
そして皮膚に食い込んでいる牙から青い炎が発生し、少年の体内に流れ込んでいく。
「あ、ああ……熱い、熱い――!!」
首筋を炎で焼かれ、苦悶の声を上げる少年。しかしそれに反して体は、硬直してしまって動かない。
すると少年の体のあちこちに、青い炎が付き始める。それはみるみる内に少年の体に広がり、侵食していく。
そこで少女はようやく、そっと少年の首筋を離した。
たまらず少年は数歩後ずさりした後、その場に倒れ込む。
「か、か、体が!! 体が、燃える!! 燃える――!! 熱い!! 熱い!! 熱い――!!」
体が直に焼かれる熱さに悲鳴を上げながら、少年はそのままのたうち回る。青い炎にあぶられた雪は、次第に溶けて白い蒸気へと変わっていく。
すると雪の冷たさのお陰か、ようやく火が弱まり、ゆっくりと消えていった。
少年はしばらくの間倒れたまま立ち上がらなかった。荒くなった息はなかなか整えられず、炎が出ていた部分の服は黒く焦げている。
「火那……何を――!?」
少年はようやく体を起こすと、噛まれた首筋を抑えながら、少年は少女に問おうとした。
しかし少女の顔を見て、少年は愕然とした。
その口元から、自らのものであろう赤い血が滴っている事に気付いてしまったから。
「お前……一体――!?」
それでも少女はなぜか嬉しそうな笑みを保ったまま、無言のままゆっくりと少年に歩み寄ってくる。口から滴る血を手で拭きながら。
その姿はまるで、物語に登場する吸血鬼のようだった。
「く、来るな……来るな――っ!!」
少年は自然と後ずさりしていた。その表情は完全に恐怖で歪みきっている。先程まで少女に告白していたとは思えないほどに。その様子に、少女は困惑した表情を見せる。
少年はすぐさま立ち上がり、少女に背を向けて走り出す。
慌てて少女は少年の後を追い、少年の手を掴む。
「は、離せっ!!」
少年は少女の手を強引に振り払う。そのせいでバランスを崩し、後ずさりしてしまう少女。
そして少年は、その隙に素早く近くの雪山に落ちていた雪の塊を手に取ると。
「来るなっ、この怪物!!」
そう罵倒して、少女の顔面目掛けて投げ付けた。
距離が近かった事もあり、雪の塊は簡単に少女の顔面に命中した。
「ああああああああっ!!」
途端、少女は両手で顔面を覆いながら、大きな悲鳴を上げて取り乱した。まるで、顔面に傷を負ったかのように。
顔を覆う両手から青い炎が発生し、少女の顔を覆う。すると少女はようやく落ち着きを取り戻し、両手を離した。炎を直に浴びたにも関わらず、その顔は一切火傷していない。
しかしその時には、既に少年は公園から飛び出していた。
「だ、誰か!! 助けてくれ!! 怪物だ!! 怪物が出たんだ!! 誰かーっ!!」
少年は必死に声を上げながら、少女の視界から消えていった。
更新日:2011-05-20 19:24:15